人生会議

何やら物議を醸してる、人生会議のポスターですが、そもそも人生会議って、生きている間に自分が家族や周囲に残していきたい事や物について、伝えるって事?なのでしょうか?そういう解釈でいいのかな?ポスターの出来云々に関しては、賛否あるようですが、私としては終活と同義語のように捉えていますが。

ここ最近、終活についていろんな媒体で言っていますし、準備してる方も多くなってきてると思います。エンディングノートもありますしね。家の母もノートにいろいろ書いてますよ。それがエンディングノートなのか何なのかは知りません。ただ、これ見よがしに目に付くところへ置いてあるので、私に読ませたいんだろうな〜と思いますが、絶対、読みたくないです。多分、恩着せがましい事が満載の自己満足に終始した内容だと思うので、読むと魂を抜き取られるくらい疲弊します。元々、そういう手紙やら変な事を書いて、私はこんなに悩んでるのよ〜とアピールする事が好きな人なんです。今までも手紙に限らず、FAXやメールで何度も送ってきた事があります。多い時には便箋に8枚も!読みませんでしたけどね。そういう物を寄越す時は、喧嘩してる時や私が思い通りにならない時なので、内容が酷いんですよ。文才なんてないのに、本人は名文章を書いてるつもりで、何かに酔ったかのような内容で、これを読んだ相手は自分に対する非礼を反省し、自分を敬うようになると、本気で思っているんです。

これは、私だけじゃなく、他の身内、他人にもやるので困ったもんです。大体が無視されて終わりなんですが。

母の中では、自分の書き残したノートを亡くなった後に見た、娘が感動で咽び泣くと妄想しています。で、日々、おかしな文章を量産し、死ぬまで待てないので、目に付くところへ置いてるわけです。

一々、芝居がかった事をやりたがるので、本当に疲れるし、見る度にゲンナリします。早く飽きてやめてくれないかな〜

人生会議も個人的には、あまり広めないで欲しいです。母の人生会議なんて開きたくないので。私も伝えたい事があったら、なるべくあっさりした内容で、事務的に書き残しておこうと思います。それより生きてる間に息子に愛情が伝わっていればいいな〜と思います。