父の施設入所を考える

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精神科の認知症病棟へ入院した父ですが、入院出来る期間は90日だけ。退院した後の生活も考えなければいけません。入院当初より、薬も効いて、大人しくなった父ですが、まだ油断は出来ません。どう反応して、どう進むかが、わからないのが認知症の怖いところです。また暴れ出した時に、上手く対処出来るかどうかも分かりません。

で、施設入所も考え始めました。勿論、ケアマネにも相談し、まずはいろいろな施設に見学に行く事となりました。

父の場合、要介護2ですから、特養は無理です。なので有料のホームを探す事になります。地域に寄って違うと思いますが、この辺りだと一時入所金が必要なところは、ほぼありません。大体、月の額が決まっていて、月々の支払いという所が殆どでした。

何軒か見て、ここならという所が見つかり、ちょうど部屋も空いているという事で、父の退院に合わせて、手続きを進める事にしました。

と、ここまでは順調で、退院と共に施設へとあう流れは上手く出来たのですが。。。

また、母がやらかします。

 

 

脳が学習する

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またまた、更新が遅れました。それに応じて下がるランキング。これからは週に3回か4回くらいは更新していきたいと思います。いつも応援して下さる方、ありがとうございます。

さて、相変わらずの母を毎日、相手をしてるわけですが、飽きもせずにあっちが悪い、こっちが悪いと言っては報告してきます。最近はリュウマチなのかも!と朝、指の関節が曲がらない、痛い!と言い出したので、通ってる整形外科で血液検査を受けてきました。結果は来週です。リュウマチとは思えないんですけどね。ただ、本人は何かしら重病である事を期待しているようです。今日は歯茎から血が出ると言い出し、これもリュウマチと関係してるのかも!と歯医者へ行きました。いろいろ、とんでも病が出てきます。否定すると怒り出すので、黙っていますけどね。

先日、友人からこんな話を聞きました。病気になって、周囲から優しくされたり、構って貰うとその快感を脳が学習してしまい、依存症のように病気だと騒ぎ出す、女性に多い精神疾患があるんだそうです。本人や周りが否定しても脳が学習しているので、とにかく病気だ、具合が悪いとアピールしたくなってしまうという。。しかもこれは脳が学習してしまっているので、治らないらしいです。マジかー

薬物依存と同じシステムなんでしょうか。家の母がこのタイプかどうかは、分かりませんが、病気アピールは、ある意味病的ではあります。周囲を振り回し、尋常じゃなく騒いだり、病気に関して嘘まで付くのは、精神疾患の一種でしょうね。でもこれは不治の病で死ぬまで治らないと思います。ていうか、本人には自覚もないんで。

周りがどう対処するかとは思いますが、正直、疲れます。うんざりします。

他人だったら、気持ちがもう少し楽だと思うんですよ。でも身内で母だから、嫌な気持ちになるんです、なんでこんな?って。

脳が学習しちゃってるから、仕方ないって諦めるしかないんでしょうかね〜

皆さん、どう思いますか?

病院へは特別な感じで入りたい

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前回から更新が遅れました。

母は椎間板ヘルニアのため、手術する事になったんですが、手術が決まった事で、自分の思い通りになって、安心したのか、痛みをあまり訴える事もなく、入院になるからと美容院へまで行き、いそいそと準備を進めていました。

ところが入院の前日になり、泣いて電話してきて、痛くて動けないと。。仕方なく駆けつけると、居間のソファーで痛い、痛いと唸っています。で、痛み止めは飲んだか?など聞いたのですが、そんなの効かない!と例のごとく、当たり散らし始めます。そして、明日まで待てない!今から病院へ行く!と言うのですが、病院までは車で1時間かかりますし、果たして前日から受け入れてくれるかも分かりません。とにかく、電話で確認してみないと分からないからと、病院へ電話してみます。

しかーし、やはりというか、ベットが空いてないので無理です。という返事。近くの病院へ行ってみるか、お薬はありませんか?という事でした。それを母に言うと、

「救急車で運んで貰えば入れて貰えるんじゃないの?」と言い出します。

出たよ・・・救急車のタクシー化。病院で診察して貰ったのは、1週間前です。その時にそれほど緊急性があったわけではないし、急激に悪化するとは思えません。考えられる事は、母の動き過ぎです。手術→入院って事で浮かれて、買い物だ、美容院だとあいちこち出かけていた為に痛みの度合いが増したんじゃないかと思われるんです。そうなると、安静にしているしかないですよ。次の日には入院するわけですし。

しかし、母はこのままじゃ病院へも行けない!と言います。病院へは私が車で送迎する予定でした。病院までは車で1時間程かかります。しかし、その時間が我慢出来ないと・・・じゃあ、どうすりゃいいんじゃい!なんですが、いろいろ考えて、介護タクシーをお願いする事にしました。それも座った状態は無理!と言うので、ストレッチャーで運ぶ事に・・・その手配を済ませると、母はあんなに痛がっていたのに、

「じゃあ、明日まで大人しくしてるよ。もう帰っていいから。」

ですよ。で、次の日は本人の希望通り、ストレッチャーで運べる救急車のような大型介護タクシーで、入院となりました。運ばれた先の病院も驚いていましたよ。看護師さんも

「えっ?これで来たの?」と言ってましたし。

こんな人いないだろうなあ・・・と私は恥かしく思いましたが、母は一人で大満足。その後はトイレも一人で行けないと泣きついて、その度、看護師さんが付き添う事に。

こういう婆さんが入院してくると、看護師さんの仕事も増えちゃうよなあと思いましたが、どこへいっても特別扱いされないと、キレる母は注意しても聞きません。

でも、こちらの病院はこの手がかかる母にも親切で優しかったようです。

退院まで母は良い気分で過ごしていたので、私の負担も軽く済んで感謝しきりです。

退院後は痛みも無くなり、以前より元気な気がしますが、本人は相変わらず、こっちが悪い、あっちが悪いと言っています。手術後もリハビリに通うよう言われていますが、こちらは、半年程通って、飽きてきたのか最近はキャンセルする事が多くなってきました。行った方がいいよと言っても、

「たいした事するわけでもないし、意味がない。最近は他の調子が悪いから行く気がしない。」

と、言います。しつこく言うとキレて面倒なので、それ以上は言いませんが。

一番、病気になっちゃ駄目な人です。この先もなるべく、大病はして欲しくないですね・・・

ちなみに介護タクシーに掛かった費用は2万円です。

 

私は病気になりたいの!

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 世の中に望んで病気になりたい人って、いないと思うんですが、いるんですよ〜 家の母がそうです。

それも死なない程度とそんなに辛くない症状で、でも他人に言うと、驚きと同情を買えるくらいの重病度が必要なんです。そんな病気があると思います?で、名医による名手術を受け、奇跡の生還を遂げないと気が済まない。
今までも何度もたいした事がない病気ともいえない症状で、大騒ぎしてきました。多分、私が物心がついてからはずっと、何かしらの具合悪さを訴えていました。頭痛に始まり、今の私くらいの年になってからは、更年期だと言い、あちこちの病院へ行っていました。でも、いつも自己診断で完結。喘息だと言い、内科を受診したんですが、大人になってからの喘息は厄介だと言いますけど、母の場合はそれもよくわからないんです。本人はやたら苦しそうにするんですが、喘息で起こる喘鳴は聞いた事がありません。出された薬もそんなに強い薬ではありませんでした。なのに、なんだか自分の都合が悪い時に都合よく起こる発作。そしてその発作が起きている時は、やたら周囲の人間に当たり散らします。で、暫く病院にも通っていましたが、飽きたのかそのうち完治したという事で病院も行かなくなりました。次は大腸の検査でポリープが見つかり

内視鏡で取る事になったのですが、それを悪性癌が出来て手術する事になった、ステージ3だとか言って回っていました。親戚から

『お母さんから癌でステージ3って言われたけど、大丈夫なの?』

と、聞かれて驚きました。で、本人に癌じゃないのになんでそんな事言うの?と聞くと

『私は癌だよ!先生も癌だって言ったんだから!』

と、聞きません。で、内視鏡当日は特に問題なく終わったんですが、なぜか母の中では術後に大出血して、看護師さんが

『先生!大変です!』

と、走って来てストレッチャーに乗せられ、手術室に戻されたと・・・

う~ん・・・私も病院にいたんですが、そんな光景は見ていません。でも、母は私以外の人には、そう言っているんです。母は何度かポリープが出来て取っているんですが、その度にこの調子で、いつも大手術をしてきたかのように、言って回ります。一度は術中に執刀した先生が見学に来ていた研修生に

『これが癌だ!よく見ておけ!』

と、言ってるのが聞こえたと言うんです。麻酔で頭やられたか?そんなドラマみたいな事言う先生って今時いますかね?

なので、毎回病院へは必ず付き添い、私も先生の説明を聞いて、変な解釈をしないようにしているんですが。これは認知症の始まりか?と認知症検査も受けましたが、異常なしです。

多分、母はなにかしらの人格障害なんだと思います。ミュンヒハイゼン症候群の一種のような、自己愛性パーソナル障害なのかなと思われます。本人に自覚なしですけどね。とにかく、注目されたい、特別扱いされたい、いつも称賛されたいっていう、欲求だけで生きているような人です。

そういう母にとっては病気は大好物で、重病度が高ければ高いほど、テンションマックスになるんです。

去年は椎間板ヘルニアになったんですが、それも自分にとって都合の良い診断をしてくれ、自分が望むような治療をしてくれる病院を探して市内の4軒の整形外科に行きました。どこも診断結果は一緒で、リハビリとブロック注射を勧められるんですが、リハビリは地味で、インパクトが低いので却下。ブロック注射は良いかなと何度か受けました。でもあまり効果なしで、これもいまいちとなって、次は手術だと言い出しました。でも、ヘルニアと言われて半年も経っていないし、ヘルニアと言われてからあまり痛みを訴えていなかったのに、この頃は夜も眠れないと大騒ぎ。手術は診察している先生も年齢を考えるとリスクもありますからねと、あまり乗り気ではない様子。でも、とにかく母は手術、手術で聞きません。もう少し慎重にならないとと言う私とも何度も喧嘩になりました。おまけに困った事にらくらくホンを使って、得意の音声検索をして、あれこれ調べまくるようになってしまいました。で、あっちの県に凄い名医がいるらしい。こっちの病院は設備が凄いらしいと、全国各地の病院や専門医を調べて私に言ってきます。ネットの情報だし、分からないよと言っても

『あんたはお母さんの痛みが分からないの!それにヘルニアは名医にやって貰わないと駄目なんだって書いてあるんだよ!』

と、聞きません。そして母は隣県の大学病院に自分の眼鏡に適った、名医がいると言い出して、そこへ行くんだと言い始めました。でもそこまで行くには新幹線使って2時間以上ですよ。車で行くにも高速使って3時間以上でしょうか。現実的ではありません。大体、術後のケアだってあるのに、そこまで遠い病院へ行くほどの症状であると思えません。それを言っても聞き入れる母ではなく・・・なんとか私以外の親戚からも説得して貰って、隣の市の大学病院付属病院へ紹介状を書いて貰い、受診する事になりました。

結論から言うと、ここで母は手術し、今は痛みもなく順調に回復しています。手術して良かったとは思いますが、この病院へ入院するまでに、母はやらかします。

その話はまた次回に。

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認知症病棟へ入院した父

 

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 父は現在、要介護2で、自宅で療養しています。主に、母が介護しているわけですが、ここまで至るのに、一度、精神科の認知症病棟へ入院をしています。

今日は、ここへ入院したところからのお話しをしたいと思います。

診察室で大暴れし、そのまま入院となった父ですが、その日はベットだけしかない、外から鍵のかかる部屋での入院となりました。父はそこで大声を出して、ここを出せ!とやっていましたが、徐々に鎮静剤が効いて、大人しくなっていきました。

私と母が次に父に面会したのは、三日後です。

もう、その時は一般の病棟へ移っていましたが、個室でやはり外から鍵がかかります。食事などをする時には、病棟内のオープンルームにいます。やや大人しくなった父は日中、ここで過ごすようになっていました。

私と母もここで父と面会したのですが、この病棟全体が中から勝手に出られない作りになっていて、私達が入る際もインターホン越しに、連絡して解錠して貰い、入ります。

私と母を見付けると、父は一瞬、険しい表情をし

「俺をこんなところへぶち込みやがって・・・」

と、言い出しましたが、その後どうやってこの病棟へ来たのかや、そこまでの経緯などは、すっかり記憶がないようでした。

認知症病棟という所ですから、父以外に入院している方達は全員、認知症患者です。

延々と電卓?と思われる物を叩き続け、

「はい、〇〇さん、今月は〇〇円ね!」

と、経理か何かの仕事をしていたのかな?と思われるお婆さんや、車椅子に乗っているんですが、それで廊下を行ったり来たりしているんですが、やたら壁や机に激突させているお爺さん、独り言を言いながら、廊下を歩き続けているお爺さんなど、いろんな方がいました。

父は「おかしな野郎ばっかりだ。」

と、呆れ顔をしてましたが、う~ん・・・・

父は薬の影響か、以前のような怒りっぽい感じは無くなりつつあるようでした。

でも、先生の話では、まだわからない状態という事で、あまり刺激になるような話はしないようにと言われていました。

父は、お婆さんの3人組に仲間に入れて貰ったようで、その3人のお婆さんがこちらを、ちらちらと見ています。父に聞くと、嫁や亭主の悪口をうるさいけど聞いていると言います。

この日はこうして少し話をして、帰ってきたんですが、帰り際父は

「次はいつ来てくれる?」

と、言うので

「すぐ来るよ。」

と言って帰りました。父は私達を見送ると、3人組のお婆さんに手招きされて、そちらのテーブルに歩いていきました。

この認知症病棟がある病院というのは、地域差もあると思いますが、私の住んでいる所では一軒だけです。認知症検査と投薬治療が出来る病院はありますが、入院までとなると中々ないです。認知症は徘徊や混乱期は暴力などの恐れもあるので、鍵が出来るような特殊な作りがある所でないと難しいんですよね。

施設入所も父のように、暴力が起きている時な勿論、入所は出来ません。

でも、その暴力が家族に向いている時には、自宅で看る事も困難です。

認知症は医者も絶対になりたくない、病気と言われますが、本当に厄介です。

出来れば私もなりたくないなあ・・と思いますけど。

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天才作家の妻

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 グレン・グローズ主演、『天才作家の妻』をDVDで見ました。

グレン・グローズといえば、80年代に話題になった危険な情事で、ウサギを鍋で煮ちゃった、怖いおばさんです。

ドラマ 『ダメージ』では、勝つためには手段を選ばない敏腕弁護士の役をやってました。

なんていうか、こう髪を逆立てて、キー!ってヒステリックに怒り出す表情が、なんとも巧みな女優さんです。

今回の映画では題名の通り、作家の妻役です。夫がノーベル文学賞の受賞電話を貰うところから、物語は始まります。

二人は今までの苦労が報われ、手を取り合って喜びます。

実はこの二人の出会いは大学での子弟関係。夫のジョーは大学教授、妻ジョーンは教え子でした。妻子がいたジョーはジョーンと駆け落ち同然で一緒になります。つまり不倫の関係から夫婦となったわけです。

授賞式の準備やらなにやらで、夫はどこへ行っても賞賛を浴び、妻のジョーンも嬉しそうと、ここまではやっと苦労が報われた夫婦に見えますが、妻のジョーンは今までの事をツラツラと思い出していきます。このジョーン、元々物書きの才能があったようで、学生時代に短編をいくつか書いています。これに目を止めたのがジョーでした。しかし、ジョーもまた、作家志望であり、二人はいつかジョーが書くものが評価されると、期待していました。出版社へ勤めたジョーンはジョーの売り込みに成功し、ジョーの書いた短編を持ち込もうとしますが、ジョーンが読んでもこれはちょっと。。、という出来。そこで、文才のあるジョーンは自分が手直しをして、出版社へ持ち込みます。すると、それは思いの外、評価が高く、それからは題材や物語の焦点をジョーがアイデアを出し、ジョーンが書くというスタイルになっていきます。ジョーンが書いている時はジョーが家事や育児をこなします。徐々にジョーの小説は売れ出し、作家としての評価も上がっていきます。その集大成がノーベル賞なわけですが。。

この展開に、どこか釈然としないジョーン。ジョーは口では事あるごとに、妻のジョーンのおかげで。妻がいなければこんな賞は貰えなかった。この賞は妻のものです。と言いますが、実際書いてきたのはジョーンなわけです。

二人の共同作業にしても、比率的にどうなんでしょうか。確かに、題材選びも重要です。でも、人に読ませる文章、人を惹きつける文章を書く能力がなければ、売れる小説にはなりません。なのに、対外的に評価されるのは、夫だけ。よく、何かで功績を残した人が、ここまで来れたのは妻のおかげでと言いますが、ジョーンの功績はこういった妻達と同列でしょうか?

物語の途中から、そういった苛立ちがジョーンに表れます。しかも夫のジョーはカメラマンの若い女性に色目を使う始末。若い頃から浮気にも悩まされてきました。常に夫を気遣い、模範的な良い妻を演じてきたジョーンですが、終盤、怒りが爆発します。もうあなたとはやっていけない!帰ったら離婚すると言い出します。慌てるジョーですが、ここから二人の激しい罵り合いが始まります。

グレングロースの本領発揮ですね、ヒステリックに叫びます。あなたの影で書き続けるのはもう嫌!浮気するたびに、その怒りを作品にぶつけてきた!と積年の恨みを言います。しかし、ジョーも君の書いた物を誰が買う?アイデアを出してきたのは自分だ。君は文章が書くのが上手かっただけと言います。身もふたもない争いですが、これが本音なんでしょうね。理想の夫婦のように見えた二人ですが、ジョーンは不倫の末に一緒になった負い目からジョーを助け、ジョーは文才がなく、妻に書かせているというコンプレックスから浮気を繰り返し。

結局、心臓に疾患があったジョーは、この争いの最中に倒れ、帰らぬ人になってしまいます。

ノーベル賞という輝かしい授賞式なのに、悲劇の妻として帰国する事になったジョーン。

しかし、なぜかジョーンの表情は穏やかです。最後に意味深なジョーンの笑みで映画は終わります。

う〜ん。。ジョーの死因は病死です。これは疑いようがありません。薬も飲んでいましたし、心臓の手術もしています。ただ、ノーベル賞の受賞式という事で、寒いスウェーデンへ来て、連日の歓待に、緊張の連続です。いつもより酒量も増えるし、環境も違います。寒さで室内との温度差もキツいでしょう。年齢を考えても精神的、肉体的どちらにも、けっこうなストレスがかかっていたと思います。

そこへ妻から離婚宣言と、ヒステリックに喚かれたら、血圧も上がるでしょうし、心臓への負担も相当だったでしょう。

そこでです。なぜジョーンは帰国まで我慢出来なかったのでしょう。何もここで今までの鬱憤を出さなくても良かったのでは?ジョーンという人は情熱的でありながら、物書きの常として、その場を俯瞰してみる事に長けています。そういう人が夫の人生で最高の瞬間に、ぶち壊すような事を言い出したのはなぜでしょう?

思うに、ジョーンはこの時でなければ、一生、夫の下で飼い殺しになる事に我慢がならなかったのではないでしょうか。自分の書いた物の評価が高い事はよくわかっています。若い頃のように女性作家といって、評価が低い時代でもありません。

でも、ジョーが生きている限り、ジョーンの名前で書く事は出来ません。ジョーがいなくなれば、自分の思うがまま書く事が出来ます。これが離婚となると、スキャンダルばかりがクローズアップされますし、マイナスな事ばかりです。

しかし、ジョーが悲劇的な死を迎えたら?寡婦として夫の名誉を守りつつ、自由も手に入れる事が出来ます。

意図的ではなかったとしても、ジョーの死はジョーンにとっては、思いがけない幸運だったのかもしれません。

二人の間に愛情がなかったわけではないでしょうけれど、ジョーンの中には悪露のように溜まった不満が、ジョーの一世一代の晴れ舞台が、忌々しく思えたのかもしれません。

夫婦って、誰でもあると思うんですが、この人が死んだら?と想像する事ってあると思います。その時に自由を感じるのか、悲しいと感じるのか、実際に手を下さなくとも、死んでくれたら・・・と。

ちょっと、怖い事を考えてしまう映画でした。おすすめです。

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離婚後に盲腸

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 離婚が成立して、半年程経った頃でしょうか。いつものように夕食を食べ、その日は息子の帰りが遅く、駅まで迎えに行く予定でした。で、息子から連絡があり、車で出たのですが、なんだかお腹の調子が悪い。なんとなく、胃の辺りがシクシク痛むわけです。でも、我慢出来ないほどの痛みではなく、どうにか自宅まで戻ってきました。

なんだか今日はお腹も調子悪いしと、胃薬を飲み、早めに寝ようと、お風呂に入ったわけですが、痛みが増してきたので早めに出て、布団に入りました。

しかし、シクシクだった痛みは、ドカンドカンとした痛みになってきて、お腹の向きをどっちに向けても痛みます。トイレにも行ってみましたが、変化なし。

ただ、この時はまさか盲腸とは露ほども思わず、食中毒か?くらいに思っていたのですが・・・だって、盲腸って右側が痛むって言うじゃないですか。私の場合は右側じゃなくて、みぞおちの辺りが痛んだんですよ。

痛みは、一向に治まる事はなく、ドカンドカンがどんどん激しくなってきます。さすがに、これはヤバイ痛みなんじゃないかと思い、息子を起こして、救急車を呼んで貰いました。その時は、すでに何度か吐いてもいました。

どうにか這って、玄関まで行き、そこからストレッチャーに乗せられて、病院へと思ったら、私の住む地域では、まず救急センターへ運ばれるんです。そこでアルバイトで来ている医師が診察して、緊急性がある場合に総合病院へ搬送されます。

ここで、凄く痛いんです。と訴えたんですが、若い男性の医師は何も言わず、側にいた看護師のおばちゃんが

「じゃあ、レントゲン撮りますからね~」

と、レントゲン室でお腹の辺りを撮影したんですが、その看護師おばちゃんが写った物を見て

「便秘だと思うけど~」

と、言って痛み止めの点滴をする事になりました。これで少しはと思っていたら、痛みは治まるどころか、どんどん増して、吐き気と冷や汗が。この時には、近くに住んでいた叔母が駆けつけてくれたのですが、あまりに私が痛がるので、何度か看護師おばちゃんに痛みが治まらない事を伝えに行ってくれました。

でも、この看護師おばちゃん

「えー?なんでそんなに痛いのかな?点滴、効かない?」

と、言って、そのうち様子も見に来なくなりました。私の方はまさに、のたうち回るって本当だなってくらいの痛さで、口をきく事も出来ません。おまけにトイレで何度か吐いてもいます。

見かねた叔母が

「こんなに痛いなんて、普通じゃないですよ!血液検査くらいやって下さい!そしたらわかるでしょ!」

と、強く言い、渋々血液検査をしてくれました。結果は白血球値が上がっていて、盲腸だね~となり、ここから総合病院へ移送となりました。あの何も言わなかった若い先生だけが、見送ってくれましたけどね、無言で。

搬送先の病院で、いろいろ検査もして盲腸確定。手術だね~となりましたが、痛み止めの点滴でだいぶ痛みは軽くなりました。

で、次に日はそのまま手術となりましたが、手術台に上がるまでに、ゲーゲーともどし、もうぐったり。看護師さんが来て、あっという間に下半身を裸にして、準備していきます。もう恥ずかしいとも言えない状況。でも、すぐに麻酔の先生が来て

「10から逆に数えて下さいね。」

と言われ8くらいで記憶が無くなりました。

手術は30分くらいで終了し、取った盲腸はかなり大きく、もう少し遅かったら、中で破裂していたかもと・・・そうならなくて、良かったですが、あの救急のババアですよ。

医者でもないのに、便秘とか言いやがって。ていうか、バイト医者、仕事しろ。

今、思うとたまに腹痛があったんですよ。でも、胃腸薬飲んだりで治まっていたので、盲腸とは思っていなかったんですが、けっこう前からあったのかもしれません。

盲腸は若い子がなるのかと思っていましたが、40過ぎてもやりますよ。

離婚のストレスってわけでもないですよねえ・・・

それと、救急車の車内は意外に揺れる。しかもそれほどスピードは出さない。

盲腸での入院は4日間でした。1週間くらい置いてくれるかと思ったんですけどね。

今は手術の次の日には、歩かされますし、その方が回復が早いみたいですね。

皆さんも突然の腹痛には気を付けましょう。

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